ハッピーバースディ トゥ ユー


チープラヴ

昨日、桂とけんかをした。いい歳して情けないと自分でも思うほど怒鳴り合って、ひっちゃかめっちゃかになって、うすらばかを追い出した。
雨が降っていた。台風だそうだ。
それなのに、俺は昔っからの友達を雨のなかに放りだした。
銀時はめずらしく、はやくに目が覚めてしまって、のそのそと寝床から起き上がった。うそみたいに晴れた日だった。

けんかの理由はささいなことだった。桂がひょっこりやって来て、土手に落ちて泥まみれだというから風呂に入れてやった。
やっかいごとはごめんだ、と俺は言ったんだと思う。いつから貴様はこんない薄情な男になったんだ、とあいつは言ったと思う。
たぶんそれが最初だ。そのあとはいつものごとく、ばか同士のばかみたいなけんかになった。まったく何やってんだか、と我ながらあきれる。
今度会ったらあやまろう。あのときは、きっと腹が減ってたんだ。別に今さら、やっかいごとくらいたいしたことねーのに。

玄関の呼び鈴が鳴って、面倒だけれど仕方がないので戸を開けた。
「……げ」
「げ、じゃない。桂だ」
うん、知ってるそんなこと。今のは、うわあ気まずい、って意味だよバカヤロー。
そんなことを考えてるうちに、桂は右手に持った白っぽいビニールの袋を、ずい、と目の前に差し出した。薄墨の、たぶん上等なきものにはあまりに不釣り合いで、すこし笑えた。
派手な赤で、スーパーマーケットのしるしが入ったビニール袋。アンド、しゅっとしたいでたちの男。笑える。
「え、何これ」
受け取ると袋は、思った以上の持ち重りがした。
がさごそ音を立てながらなかをたしかめる。そこには詰め替え用のシャンプーとリンスが三つずつ入っていた。
神楽が好きだと言った匂いの、ほかのより三十円高い、あんまり特価にならないシャンプー。ちょっと前まで寺門通がCMに出てたやつ。それが三つ。素直にすごいと思った。
「くれるの?」
「いらないのか」
「え、ううん。いるいる」
ありがとう。礼を言ってしまうと、あとは会話がなくなった。躊躇して、ちょっと沈黙。桂はいまいましいくらいに涼しい顔で玄関に立っている。
「ま、お茶でも、飲んで行く、とか?」
「うん。いただきます」
当然のように、かまちにきちんと揃えて草履を脱ぎ、当然のように、居間の長椅子に腰かけた。
昔からそういうところがあるよな、こいつ。
目の端でつやつやの髪の後ろを眺めながら、銀時は湯を沸かし、いつもよりほんのすこし茶葉を多く入れて、注いだ。
うっすい茶が嫌いなことはよく知っていた。同じに、ぬるい茶が嫌いなことも。ほうじ茶より玄米茶で、玉露より煎茶が好きだということも。うるさく言うくせに出された茶は全部ちゃんと飲んだりする、文句言いの頑固もの。きっとろくなおっさんにならない。
「昨日はすまないことをした。大人げなかったと反省している」
頑固だけどあやまるのはいつも桂が最初なんだよなあ。
銀時は長い髪の背中を見ながら、しみじみ思った。ひねくれものの俺はしぶしぶみたいな顔をつくってあやまり返す。それもおんなじ、ちいさい頃からそうだった。
「俺も悪かった。ごめんな。はい、お茶どうぞ」
それほどに長いつきあいなのだ。今さらすこしくらいけんかをしたところで、その関係にひびなんか入る余地はない。わかっているけど、ときどき不安になったりもする。まあ、歳を取ったってことだろう。
「ああ、それから、誕生日おめでとう」
「え、あ!」
「なんだ、貴様忘れていたのか。寂しい奴だな」
「うるせーよ」
おまえが覚えててくれただろ、と、言い掛けてやめた。ただでさえいい歳なのに、またいっこ増えてしまった。だからそんなのは、あまりに気恥ずかしくて、もしも口に出したなら爆発してしまうと思ったからだ。青春はお呼びじゃない。俺は渋くて恰好いい燻し銀みたいな男になりたい。
「なんでシャンプーとリンス?」
「昨日、水シャンプーだからな。俺が困る」
「は! なんだよそれ、おまえ、自分のためかよ」
たしかにここ最近は、金欠で水で薄めたシャンプーだった。かっこわりーなおい。
「三つあるだろう? ひとつはリーダー、ひとつは貴様、もうひとつは俺だ」
「新八は?」
「……あ」
「黙っといてやるよ」
恩着せがましく言ってやった。かわいそうな眼鏡にまたちょっと笑えた。
桂は用事があるとかで、すぐに帰って行った。また来いよ、なんて言うのはやめた。言わなくってもどうせすぐに来るだろう。
「シャンプーいっこだなんてさあ、ちっせぇ愛だな」
ためしに言ってみたけれど、すこしも効果はなかった。ちょっと浮かれた声が風呂場に反響して、もっと浮かれて聞こえてしまった。
薄い水増しシャンプーがちょっとだけ残ってたボトルがいっぱいになるくらい、でっけぇ愛情だった。

今さら他人に戻れない。捨てたくっても捨てられない。面倒でやっかいなことに巻き込まれたとしても、文句は言えない。
あっさりあやまられて、まあいっかって思ってしまうだろうから、さ。どんと来い、カモンベイベー、だコノヤロー。
おっさんになってじじいになっても、そんなことを繰り返すんだろう。きっと死ぬまで繰り返すんだろう。嫌でもなんでも。
たぶんそれは、生きるってことにちょっとだけ似ている。


おわり
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