The Boy Old Fashioned
河上万斉は見た目こそふつうの、まあふつうより幾分ロックンロールな、男子高校生ではあるけれど話し方が時代錯誤はなはだしい。十五の頃までアラスカで育ったためであることを知っても、たやすく納得はできないほどに、それはそれはへんてこなのだ。
その頃、アラスカ南部の一部地域では時代劇が英語字幕付きで放送されていた。源平の時代から幕末まで、ありとあらゆる時代劇を観て、万斉は日本語を学んだ。なかでも人斬りが一等恰好よかったので、話し方を真似、寿命の尽きた蛍光灯で剣の稽古もした。まわりの大人たちはジェダイごっこだと思いつつ、微笑ましく眺めていたらしかった。もしも吹き替えだったなら、きっとこんなことにはなっていない。
今時分、己のことを拙者、などという学生はひとりもいないだろう。学生でなくともいないに決まっている。相当の歴史愛好家でも平生は俺とか僕とか私とか、現代から浮いてしまわないように、すこしは気をつけているものである。
そして、ござる。これも致し方のないことだけれど、言われたほうはびっくりだ。ござる、ござろう、ござった、などなど活用だって自由自在。
古風すぎる言い回しをすらすらと流暢にあやつり、そのくせジェントルマンであるから、万斉は学校の女子たちにはわりと人気があったりもする。
大きな教材や委員会の荷物を、拙者がお持ちいたそうか、などと言われてやさしくされれば、女子としては百万石の姫君にでもなった心地がするものだ。
しかしながら、彼女はいない。代わりに彼氏がひとり、いる。
帰宅途中、バスのなかでiPodをくるくるやりながら、万斉はふと斜め前の座席に目を遣った。ひと組の男女がある。そして我が目を疑った。
片方のイヤフォンを彼氏の耳へ、もう片方のイヤフォンを彼女の耳へつっこむだけでは飽き足らず、指まで絡ませ合っているではないか。それも、あろうことか俗に言う恋人つなぎとやらで。万斉は怒り心頭、ぷんすかしながら次の停留所でバスを降りた。うらやましかった。あれがしたい。ぜひともしたい。晋助殿とあれがしたいでござるよ拙者!
一度たぎった熱を理性と共になだめすかすなど、高三男子にはどだい不可能な話である。だってしたいでござるもん。
万斉が、同じクラスの高杉晋助にひと目惚れをしたのは去年の春のことだった。恋の矢がきゅーんと胸を貫いてからは毎日まいにち求愛した。バンドに誘って映画に誘って遊園地に誘って、それはもうしつこく、かつ、極めて紳士的につきまとった。
それでもいい返事がもらえなかったので、勢い余って、それだけでなく青少年の性衝動も余って、キッスをしてしまった。高校生にしては早熟な、しかし万斉にとっては挨拶でないことを伝えるごく軽いキスだった。日本ではディープな部類に相当する。それもかなりうまかった。キッス検定なるものがもしあれば、達人と称されること間違いなしだ。
ついに恋は成就した。ばかみたいだけれどほんとの話。くちびるから始まる恋もある。
見ず知らずの恋人たちに憤りと嫉妬の炎を燃やしながら、万斉はその足で電機屋に向かった。上背があるので歩幅も大きい。主婦やお婆さんや黄色い帽子をかぶった小学生たちをずんずん追い抜かし、商店街を闊歩する姿はなかなか見ものだったろう。背中には中古のストラトキャスター。ヘッドフォンを常々装着しているけれど、あれをするために一刻もはやくイヤフォンを手に入れねばなるまい、と万斉は息巻いた。見つけるやいなやレジで会計を済ませ、即座に踵を返していざ高杉邸へ。
カメラ付きのドアベルで呼び出すことは案外シャイボーイな恋人に禁止されているから、携帯電話を鳴らす。三コールで出てくれた。三コール! 最短記録にはやくも胸が躍った。
「ちょっと付き合ってくれないか。金曜はそろばん塾も休みであろう?」
紺色のブルゾンを着こんだ晋助を連れ出して、ファストフード店の二階、いちばん奥のカウンター席に並んで腰かけた。
「それで、何」
万斉はおもむろにイヤフォンを取り出し、プラスチックケースを開ける。丁寧にケーブルをほどいて、片方を自分の耳へ、もう片方を恋人の耳へ。曲は決めてあった。
「え、だから、なんだよ」
「拙者は主とどーしても、これがしたかったでござる」
「ハァ?」
青春まっただなかの男子らしく、万斉はうれしそうに、それからちょっと照れくさそうにくちびるをゆがめた。笑っているのかどうか微妙な表情だ。
近頃はきもちわるい、と思うことでも、かわいいやつだ、というのにすっかりすり替わってしまう。晋助もまた、青く短い春のまっただなかなのだった。
ラムネみたいに弾ける爽快なギター・ソロ、ハンバーガーふたつにポテトがひとつ、百円コーヒーのとなりには水滴のついたジンジャーエール。
じんんわりと頬をそめて、ふたりは四分すこしの音楽と深緑色のトレイを共有した。フライドポテトは半分こ。すばらしき青春も半分こ。
「なあ、ついてるぜ、ケチャップ」
ガキみてーだな、と笑いながら、ナフキンで浮かれ万斉の口元をぬぐってやった。留年しているからひとつ年上の高杉晋助は、ときどきおもしろがって子供扱いをしてみる。
「かっ、たじけない」
舌を噛んだような返事に喉元がくすぐったくなった。
「こういうの、初めてでござるゆえ。やはり晋助殿といると、うれしくてはしゃいでしまう」
「は、おまえが?」
すこし右の眉をつり上げて笑いながら、呼ぶの、晋助でいい、と続けた。そっけないのは気恥ずかしいから。
「えっ……それじゃあ」
しんすけ。頼りなげにつぶやく。ぐっと距離が近くなった。こんなふうにこわばった顔は初めてだ、と晋助は思った。もっといろんな顔が見てみたい。もっとからかってやりたい。もっと好きになってほしい。ああやばい、そんなつもりじゃなかったのに。
もはや音楽は耳を素通りしてのぼせたあたまに流れこんでいるだけだった。手のひらが湿っているのはジンジャーエールのせいじゃない。
真冬のファストフード店にぽわぽわとそこだけ春の陽気。
お馬鹿さんたちの青春はまだ始まったばかりである。
おわり
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