いちごのケーキ
「あー近藤さん、まただめだったんですかィ」
がっくりと肩を落とした近藤が屯所の自室に戻ったところへ、すかさず沖田が声をかけた。
近藤は苦笑いを返しただけで、陽のあたる畳の上にあぐらをかいた。
「あれ、この包みは?」
「ああ、そりゃシューなんとかって菓子さ、食うかい?」
「へえ、いただきやす」
近藤は昔っからそうなのだった。好いた相手にあれやこれやと贈るけれど、結局のところ、実ったためしは一度もない。
なぐさめるのは沖田の仕事で、そのたびに行き場をなくした菓子などをもらった。それこそ竹刀を握るのもやっとの、ちいさなころからだった。
平手打ちでも食らって包みを落としたのか、すこしつぶれたシュークリームをかじりながら、粉砂糖を鼻先につけた沖田は笑った。
その沖田が恋にやぶれてつぎ当てだらけになったこころを、いつだってなぐさめてきたことに、近藤はまだ気づいていない。
歓楽街を抜けた先に新しくできた、西洋菓子の舗がある。このところ、うまいと評判を博しているらしい。
目新しいからありがたがられるのか、ほんとうにおいしいのか、近藤にはとんとわからなかったけれど、かぶき町ではすっかりうわさになっていた。
「近藤さん、そういや明日、山崎の誕生日ですねィ」
「そうなのか?じゃあぱあーっと、宴会でもするか」
「そりゃいいや!あいつきっと、よろこびますぜ」
火鉢にかけた鉄瓶の湯を急須に注ぎながら、近藤は今日もやぶれた気持ちをしまい込む。
萌黄色の茶を湯呑に注ぎ、沖田に出してやる。自分のはすこし濃い目に淹れた。
「あ、西洋じゃ誕生日にはケーキを食べるらしいですねィ、歳の数だけろうそくを立てて、吹き消すならわしがあるようで」
「総悟はなんでも知ってるんだなあ。でも歳の数だけってそりゃ、豆まきじゃねーのかい?」
「さあ、よくわからねぇですが。無病息災とか、そういう御利益があるのかもしれやせんね」
シュークリームをぺろりと平らげて、沖田は湯呑の茶を、きちんと礼を言って取った。
「よし、じゃあ明日はそれをやろう!昼飯の時にでも、買いに行ってみるか」
のどかな陽気の中庭に、すずめが一羽おりてきた。
沖田はとても機嫌よく返事をして、明日の約束によろこんだ。
翌日、午前の市中見回りは、土方と沖田だった。
「土方さん、俺ァちょっと用があるんで先行っててくだせェ、急ぐんでしょ?」
「あ?」
言い当てられて土方はどきっとする。時々沖田は迷惑なくらい勘がいい。
「今日は朝から機嫌がいい、山崎と昼飯一緒に出るんじゃねェんで?」
にやり、と笑うくちびるには、あきらかにひやかしが見て取れた。
「……ああ、まあな」
怒りもしないで堂々と認めるなんて、よほど浮かれているんだろうか。多少おもしろくない気もするが、沖田はさっさと行けとばかりに、土方を見送った。
沖田はというと、近藤と待ち合せて洋菓子店に行くことになっていたが、なんとなく土方には教えてやらないことにしていた。
ちょうど昼時。土方は軽く右手を上げて、一足先屯所へ帰った。
ほどなくして午前の仕事を終えた近藤が、いつものように大きな歩幅で歩いてくる。沖田が迎えると、ご苦労さん、と声をかけて連れだって歩き出した。
しばらく行くと歓楽街のはずれに横文字の看板を掲げた、こざっぱりした舗を見つけた。
「へぇ設えも西洋風なんですねィ」
「この辺もすっかり変わっちまったなあ、ほんのこのあいだまで、たしか長屋だったんだが」
うすみどりのカーテンがかかった硝子戸をくぐる。甘い匂いが明るい店のなかに満ちていた。
とりどりの菓子が並ぶショウケースには、見慣れない果物のあざやかな色合いにきらきらしている。なかでもいちばん沖田の目をひいたのは、まっ赤ないちごがのった、白くてまあるい大きなケーキ。
「ねぇ近藤さん、俺ァこれがいいです」
「おいおい総悟、おまえのじゃねーんだぞ?」
近藤はかわいい弟分を、にこやかにたしなめる。
「わかってまさァ」
近藤が、これを、そう言いかけた時、待った!と声がかかった。ふたりが驚いて振り返ると、見慣れた白っぽい立ち姿。
「おうゴリラさんとそーすけくんじゃん、久しぶりだねぇ。あ、悪ぃけどこれ、俺のだから」
「総悟でさァ、万事屋の旦那。それに俺たちが先に見つけたんでィ。譲るつもりはありやせんぜ」
いつものことだった。けんかっ早い江戸っ子、だからなわけではないけれど、顔を合わせればこの調子。仲がいいとも言えるのかもしれない。
「こちとら甘いもんのために汗水たらして働いてんだよ。それを阻もうなんざ、お天道さまが許してもこの俺が許さねェェ!」
「上等だァ、表へ出ろィ!」
ふたりが外に飛び出す、往来のまっただなかに陣取って、にらみ合う。
銀時が木刀を抜く、沖田は遅れず菊一文字に手を掛ける。この程度のことなら日常茶飯事。
しかしそこへ、
「銀さん!」
けんかと聞いてまばらに集まった人垣から声が飛んだ。新八がばたばたと銀時の前に立ちはだかる。
「また甘いもの食べようとしてたんでしょ!ほんとに体悪くしちゃいますよ!それに給料もらったら今度こそ家賃払わなきゃ」
「こりゃあ男の勝負なんだよ新八、手ぇ出すんじゃねぇ」
おおげさなため息をつくと、新八はあきれた口調で続ける。
「なに言ってんですか、給料もろくすっぽ払わないくせに。ちょっと沖田さんも焚きつけないでください。帰りますよ銀さん、ほら」
銀時は袖口をぐい、と掴まれて行ってしまった。あっけなく勝負はついたらしい。
無事、誕生祝いの品を手に入れて、夕刻。
それぞれが仕事を終えた時間、山崎は沖田に呼ばれて近藤の部屋に向かった。
失礼します、とふすまを開ける。
「誕生日おめでとう!」
沖田の軽やかな声、近藤のあたたかい声。卓の上にはいちごのケーキ。
「ほらザキ、突っ立ってねぇで座りなさい。主役なんだぞ」
近藤がぽんぽん、と座布団を叩く。
「……これ、俺のために、ですか?」
「近藤さんと俺からでさァ。……でもなんで、土方さんがいるんですかィ」
沖田がとなりで煙草をくわえたままの土方を、ちらっと見てふてくされる。沖田にしてみれば仲のいい友達を取られてしまった気分になのだった。
「こら、トシだけのけ者にしちゃかわいそうだろ?」
「俺ァ別に、近藤さんが来いって言うから付き合っただけだ」
「こらトシも!そういうこと言わないの!」
そうこうしているうちに、原田たちもやって来て加わる。持ち寄った酒瓶やらつまみやらで、すぐに四角い座卓はいっぱいになった。
近藤に説明されて、土方がマヨライターでろうそくに火をつけていく。歳の数、は正確ではないらしい。それでも黄色や桃色の細いろうそくは男ばかりの席のまんなかで、いっそう華やいで見えた。
「さ、無病息災を願って吹き消しなせェ。おまじないでさァ」
山崎は照れくさそうに、ふうう、と一度に吹き消す。
「よおっ!」
「おめでとう!」
ぱちぱち、みんなに拍手を贈られて、はにかみながら山崎は、何度も礼を言い、頭を下げる。
それから心底しあわせそうに、すこし申し訳なさそうにして、早々に酒を酌み交わし盛り上がる隊士たちを見回した。
この歳までなんとか生きてこられたことがありがたかったし、こんな、ちいさな生を尊んでくれる場所こそが、なによりの贈り物だと思ったら、泣いてしまいそうだった。
土方はいつもどおりむすっとしながらも、よかったな、と言った。
切り分けたケーキはお世辞にもきれいとは言えない様子だけれど、てっぺんにのった赤いいちごが気持ちの特別さをさらに大きくしている気がする。
もったいなくて、神棚にでも飾っておきたい気分だった。
結局はその後、いつもどおりの宴会となって遅くまですごした。いつのまにか土方は姿が見えないし、部屋に引き取ったものもいる。
山崎は、これもいつもどおり、一升瓶を抱えたまま眠ってしまった原田や、ほとんど裸で大の字になっている近藤に布団を掛けてまわった。
そして手早く、邪魔にならない程度に部屋を片付けると、深々と頭を下げて、部屋を後にする。
感動してしまって、ほとんど涙ぐんでいたから、部屋に戻るまで二度柱にぶつかった、と思ったら、二度目の柱は土方だった。
「泣いてんじゃねーよ」
そう言うと、今日いちばんの主役を思い切り抱きしめた。
おわり
ハッピーバースディ!
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