魅惑のコールガール
「あかり、消してくださいよ」
「だめだ」
「ん、や…なんか」
「感じんの?」
山崎は赤く頬を染めている。
「まさか。でも…変な感じです、ね」
明るい部屋で、女の格好をしていて、それを土方さんに脱がされて、こうして今は胸を揉まれている。
そう思うとほんとうに乳房があって、そこが疼いている気がした。
床には黒いエナメルのハイヒールが転がっている。
くしゃくしゃになったドレス、まるまったストッキング。
ああ、恥ずかしくてたまらない。
「あの、そんなに、揉まんでください」
「いいじゃねぇか。減るもんでもないだろ」
山崎は、右手で体を支えながら、土方の髪を乱した。頬から首筋、胸までをなぞっていく。ちょうど脇腹のあたりに、ひっかき傷がある。
おとといの夜、山崎がつけたしるしだった。あの夜は男のまま抱かれた。
「……やっぱり、女のほうがいいですか」
山崎は言った瞬間に打ちのめされた。後悔したからじゃない。あんまり当たり前すぎたからだ。
ふと、体をまさぐっていた土方の手が止まる。苛立った声で言った。
「どうやってはずすか考えてんだよ。チャックもなんもねーし」
「……がっかりしても、知りませんよ」
「何をがっかりすんだよ。いいからはやく取ってくれ。でなきゃそのままやるぞ」
山崎は後ろ手で、背中のホックを器用にはずした。肌とコルセットのあいだに詰めた綿が、ぽろん、と落ちる。
土方は、平らな胸を見つめた後、手早く自分の服を脱いで、山崎をシーツの海に閉じ込めた。
溺れるほどのくちづけ、性急な愛撫、やさしく、だけど激しい嵐がまっ白なリネンを波立たせる。
コロンはふたつの体のあいだで擦れ合って、あたたかく甘く香った。
「ああ、やっとさわれた。…おまえの体に」
安心と情熱の、せめぎあった声だった。土方は話す時間さえ惜しくて、はやく体をつなぎたかった。
「おまえだったら、俺は何でもいいんだ」
だけど言葉にしたかった。すこしも不安にさせたくなかった。ただでさえいろんなことを満足に、伝えられていないのだから。
「こんなにきれいじゃなくっても、おまえだったらそれで、いい」
そんなこと、もちろん山崎は知っていると思っていた。
けれどこんなにも嬉しそうな顔をするならば、毎日でも言ってやりたい。
いつでも伝えられずじまいなことは、きっとまだ、たくさんある。
土方が抱え上げた山崎の足首には、真新しい傷があった。赤く、腫れている。
山崎はつまさきまでちいさく震えながら、両足を開いて迎え入れる。熱くて溶けそうで体じゅう、びりびりしびれている。
息ができないくらいに、何か熱っぽい湿ったもので、体のなかがいっぱいだった。
そこをすこしずつ押し分けながら、体と体が組み合わさる。
「ん、…ふ、う」
どうにかなりそうだから、はやくぜんぶ吐き出したい。だけど、踏み外しそうな快楽の海で、ずっとずっと漂ってもいたい。
めちゃくちゃに掻き回されて、貫かれて、噛みつかれたりして、きっとそんなのが永遠に続いたなら、死んでしまうのだろうけれど。
山崎の腕は、意識とはまったく関係なしに、土方の首に巻きついていて、腰は勝手にゆらゆら揺れた。ふしだらで、だけどどうしようもない。
「あん、あっ、あ」
ひとつになって夢中になって、土方は、靴ずれのことは忘れてしまった。
くまなくすべて、さわり尽くしたい。熱くやわらかく、狭いそのなかを、味わい尽くしたい。
重ねるごとに快感は増していった。おそろしいほど溺れた。
愛しても愛してもきりがない。
山崎の、長いまつげとうるんだ瞳に、もう何度もめまいがしている。
「ひ、じかた、さんっ」
名前を呼ばれてまたすこし、土方の体が形を変えた。もう絶頂が近い。
「ひ、んんっ、はあっ、もう…」
不安そうに幸福そうに、山崎が眉をひそめたら、ふたりほとんど同時に達した。
ふわふわ飛んでいるような、甘く気だるい余韻。ほんのり汗をかいた胸と重たい手足。
なんとか腕を動かして、土方は息を整えている山崎を抱き寄せた。
濡れたえりあしの髪が、喉元をくすぐった。
脱ぎ捨てた服を引き上げて煙草を探した土方は、山崎の裸足の指先に目を遣った。さっきまでシーツを掴んでいたつまさきも、すこし赤い。
「足、痛そうだな。そんなんで歩けんのか?」
山崎は、今まで気がつかなかった。たしかに痛んだけれど、男の足をむりやりハイヒールに押し込んでいるのだから、仕方ない。
「靴ずれくらい、なんでもないですよ」
「…そうか」
たとえば刺されて帰ったとしても、そんな顔はしないだろうに。心底心配そうな、情けない顔の土方さん。
山崎は嬉しくて、それから愛おしくなった。靴ずれのことは気にするなんて、自分だけが特別と言われたみたい。
そんな顔を見られるのなら、いつだって、あなたのために娼婦になりたい。
山崎は、土方の手から煙草を取って、一本くわえた。火をつけ、軽くふかす。
「どうぞ」
吸いつけた煙草を差し出すと、土方は無言で受け取って、深く吸い込んだ。
うっとりしたため息のように、ふうう、と長く吐く。
「山崎、…なあ、もっかいしていいか?」
山崎はゆっくり微笑む。それからキスで答えた。
何度でも、お好きなように、抱いてください。
回線はあなた専用、俺は魅惑のコールガール。
おわり
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