ねえ、上手にできたでしょ?


コロンはNo,5

シルクタフタのロングドレス。
山崎は波のようにひらめくすそをひるがえして、背の高いスツールにふわり、腰かけた。
バーカウンターの金色のふちどりに腕を添えて、バーテンダーをたっぷり二秒、見つめて言った。
「コスモポリタンをお願い」
ヴェルヴェットの声は宵闇のようなやわらかさ。
カクテルグラスに淡いピンク色の酒が注がれる。仕上げにレッドチェリーをひとつ。
山崎はうすいくちびるをそっと寄せて、ひとくち啜った。グラスに残る口紅のあとまで色っぽい。

薄暗い、この会員制のバーは寂れたビルディングの地下にある。山崎は高級娼婦のふりをして、出入りする人物たちを聞き出すのが仕事だった。
秘密をこぼすと命取りになるこの世界。
けれど今、煙った室内の男たちがほしいのは、秘密の電話番号。コールガールにつながる番号だ。
手に入れるためなら仲間のことくらい簡単に話してくれた。知った名前もいくつかある。

おごってくれるカクテルを飲み、色っぽいジョークに恥じらうふりをして、山崎は夜を過ごした。
話を聞かせてくれた男には、ちょっと悲しい身の上話をしてあげた。半分うそで、半分ほんとう。
きらめく瞳で見つめながら、にせものの電話番号を書いたコースターにくちびるを押し当てて渡したら、どんな男でも骨抜きだった。
貸衣装をふんぱつしたのがよかったのか、お化粧を研究したのがよかったのかな。ああそれとも、いつもより胸にたくさん綿をつめたから?
山崎にはわからなかったけれど、今夜は思ったより早く帰れそうだ。
ゆっくり眠って明日は朝からミントンしよう。
そう思うと嬉しくなった。

言い寄ってくる男から目ぼしい情報を集める終わると、フォックスファーのストールを纏って山崎は席を立った。
ハイヒールって歩きにくいなあ。
思っていてもそんなそぶりはすこしも見せず、バーテンダーにウインクしてからドアを押す。
カラン、と鳴るドアチャイムに送り出されて、今夜の仕事はおしまい。

「お嬢さん」
声をかけられたと気づくまでにすこし時間が必要だった。
山崎が振り返るのと同時に、趣味の悪い男もののコロンに包まれて、街のネオンが見えなくなった。
「痛っ…」
つめたい壁に押し付けられて、くちびるを塞がれた。懸命に押しのけようともがいたけれど、男の力は強すぎて、そう簡単にはいかない。
耳元を撫でる湿った息に、背中がぞわぞわした。嫌だ、どうしよう。
隙を見つけて腕のなかから逃げ出す。けれど、ピンヒールじゃうまく走れない。すぐに掴まって殴られた。
一瞬だけのぞいた顔には見覚えがある。さっきのバーで会った男だった。
女ではないと知られてしまってはまずい。こいつは過激攘夷派を抱える裏組織とつながっている。

その時、重い振動が伝わって、ふっと腕がゆるんだ。男はそのまま後ろに倒れる。
「女のひとり歩きはいけねぇな」
「副…」
立っていたのは土方だった。
「下手打ってんじゃねーよ」
小声で言って土方は山崎の手を取った。
「誰が見てやがるかわかんねーからな。そのまま歩け。それから、副長はやめろ」
腕を絡ませて歩く、上着も手も、凍っていそうなほどつめたい。
「もしかして、待っててくれたんですか?」
「別に、たまたまだ。自惚れんな」
信用してっから、なかには入らなかった、と土方はそっけなく言った。街はずれの路地裏、たまたまで通るような道じゃない。
「…ありがとうございます」
「礼なんかいらねーよ、ただ」
声が近くなる。くらくらするほどの距離で、ささやいた。
「体で払ってくれるってんなら、喜んで受け取るぜ」


おわり
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