ポラロイド
冬休みも残り少ない持て余した平日に、出掛けようと電話をした。宿題もまだ半分以上残ってるけど寒々しい晴天をこたつにもぐって見てるのにはもう飽きた。
山崎は受話器の向こうで年末の、商店街の福引きで当たったポラロイドカメラの話をした。写真撮りにいきませんか、と言ったから、昼前に迎えに行くと約束して電話を切った。
寝ぐせの髪を適当に撫でつけて、いちばん新しいジーンズにスウェットシャツとピーコートで家を出る。五分も待たないでバスが来た。
寒いのに家の前で待っていてくれた山崎は、黒いカメラを自慢げに首に提げている。
「それ、フィルム入ってんのか?」
「え、はじめから入ってるんじゃないんですか?」
「知るか。貸してみ」
「壊さんでくださいよー」
軽い気がして裏蓋を開けたら、中身は空だった。これじゃあなんも映らねーよ。
「商店街にカメラ屋あったろ。寄ってくか」
「はいよ!」
急な坂道を並んで歩き出す。風は冷たいけれど、晴れていて気持ちがいい。
商店街の新しくできたパチンコ屋と、担任の履いてる三百八十円のサンダルと、学校指定の上履きを売る靴屋のあいだに、古ぼけたカメラ屋がある。伊東写真館。
昔、七五三の写真をここで撮った。家の引き出しの奥にはきゅうくつな羽織袴に千歳飴の袋を提げて、あんまり笑ってない五つの俺がいる。
売れなくていつのかわからないから、とカメラ屋の二代目は一個の値段で三つもくれた。一流商社をやめて家を継いだ、近所でも有名らしい孝行息子だ。
おふくろの話にしっちゅう出てきて比べられるから、なんとなく俺はこいつが嫌いだった。
そんなにできのいいやつと比べられても困る。
それから俺たちは公園に向かった。並木のあいだをしばらく歩く。陽射しはあたたかく、木の葉の枯れ落ちた木々の枝をあかるく透かしていた。
山崎は、ななめに提げた帆布のかばんから、ポラロイドを取り出してフィルムを入れた。
鳩がばさばさを降り立ち、しきりに頭を動かしながら行進している。山崎は鳩にカメラを向けてはしゃいでいた。
シャッターを押すと、じーっと音をたてて写真が出てくる。待ち遠しそうにのぞきこんで、まだ白いフィルムに、世界が写るのを待った。
「土方さん、笑ってください」
「ちょっ、やめろよ」
「えーいいじゃないですか」
カウチンニットにカーキのトラウザー、いつものコンバース。制服じゃない山崎は、子供みたいに見える。風を受けたくせっ毛が、肩のところでもつれていた。
写真なんて柄じゃねぇ。それに余計なもんまで写っちまいそうで困る。俺がこいつをすげー好きなのとか、ばれちまいそうだ。
ひとしきり騒いだあと、池の前のはげたベンチに並んで座った。
山崎が作って来てくれたサンドイッチは、焼いた食パンにたまごとかトマトとかハムとか、豪華なもんが挟まってる。
「わ、すげー」
「ごはんのがよかったですかね?」
「なんでもいーけどよ、あんま気ぃ遣うなって」
「好きなんですよーごはん作るの。家ね、俺ひとりだから、なんでも余っちゃって」
そう言った山崎は朗らかで、菜の花みたいに笑った。すこしも寂しそうには見せない。
だから、もうちょっとわかりやすく隠してくれたら、俺にもちゃんと見つけられるのに、とか、思っちまうんだ。
「そっか。…いや、ありがてーよ。うまいし」
寂しがってほしいだけ、俺が、たぶん。ひとりで帰って飯の支度してるこいつの背中を想像したら、ああなんか俺って不甲斐ねぇな、と思った。
ほんとのところはわかんねぇけど、でもやさしいこいつは寂しいなんて言えないんだろう。淡々と受け入れてきたんじゃねーかな。いや、わかんねぇけど。
「よかったあ」
嬉しそうに笑った顔を、まばたきで切り取った。
まだ短い昼が暮れていく。ふたりで撮った写真、ピントのずれた俺の顔。失敗したのを一枚もらった。
帰り道、また学校で、を交わして別れる。ポケットから出してながめたぼやけた写真の山崎は、すげーきれいに笑ってた。
寂しかったら言えよ、なんて言えねェ。こいつの今までを台無しにしちまうようで。俺ァだめだな。
守ってやりてぇ。一人前の男になって、はやく大人の男になって、こいつを守ってやりてーよ。
もう一枚、ちゃんととればよかった。それよりもっかい目の前で、笑ってほしいと思った。
俺は帰り道に背中を向けて、走った。
追いついて抱きしめて、驚いたあいつのぶさいくな顔を、焼きつけてやろうと思う。
おわり
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