シガレット
ことのあと、つながったからだをぎこちなくほどいて、ひとりとひとりに、もとどおり。
山崎は、すこしずつはっきりしてくる部屋の輪郭を、ちいさな行燈のあかり越しにぼんやり見つめている。うっとりしてしまう、こんなにやさしい夜。
「副長、上手ですね」
「ばっか、そんな、こと、おまえ、言うな」
焦って土方は、巻きそこねたたばこを、ぽろりと落とした。たちまちばらばらになって畳の上に葉が散らばる。
「どうしてですか。たばこ巻くの、かっこいいですよ。上手だし」
「……ああ、なんだ、そうか」
「あっ、すみません! そういう意味では、いいえでも、でもね、もちろん、すごく上手ですよ! 俺いつも夢中に……いたっ、痛いです蹴らないでください」
ひとしきりぽかすかと蹴ったり殴ったりしてひと心地ついた後、土方はばらばらの葉を集めて紙の上に細く伸ばした。ひとさし指と中指と親指でくるくるまるめて、紙の端をぺろりと舐め、閉じる。
贔屓の銘柄が手に入らなかったから、巻き紙と葉を買い、ここ数日はこうして手製のたばこを吸っている。いくらか安いから江戸へ出てきたばかりの若い頃は、手巻きたばこを吸っていた。
外国映画に出てくるような、色男のしぐさが恰好よくて、山崎はぼんやり見惚れている。舌先でしめらせて巻き終えるところなんか、どきどきしてしまう。
「俺にも、ちょっと、させてください」
薄い紙をいちまい取って、たばこの葉を長細くまるめる。何度も見ていたけれど、なかなかこれが、むつかしい。うまい具合に集まってくれなくて、両端から葉っぱがこぼれてゆく。
「あっ、破けちゃった」
「へたくそ」
「いまのは、練習です」
ふたりして布団から乗り出し、たばこを巻く。おそろいのちかしさが、やっぱりうれしい。なんだかいけないことをしているみたいだ。いけないことなら、さっきまであんなにたくさんしたのに。
どきどきして、ちらりと見て、端を舐める。ちいさな紙きれはくしゃくしゃ。それでも山崎はなんとか一本つくった。
ちょっと得意げに差し出せば、すいと取り上げられる。
「おまえ、すかすかじゃねえかよ」
あきれているのか、おもしろがっているのか、土方は楽しそうに笑って銜えた。燐寸をすり、火をつける。先が紙ばっかりだから、ぼうっといきおいよく燃えた。
「おいしいですか」
「うん」
ほんのすこし目を細めて、ゆったりたばこを吸う横顔は、山崎の、とくべつの気に入りだった。こんなに近くで、火がぱちぱち葉を焦がす音まで聞こえるほど近くで見られるなんて、うれしくってどうしてもくちびるがむずむずしてしまう。
ずっと見ていた。いつだって見ていた。消してすぐつけてを繰り返す、書類しごとのそばでも、報告のあいだも、銜えたばこの見廻り帰りも、煙はすごく似合っていて、ちいさく燃える赤がきれいだった。
夕暮れの縁側で、ぼんやりたばこを吸う横顔が、なかでもいちばんだと思う。もろそうな白い線、枯れ葉みたいな苦い匂い、紺色の淡い夜。
あんなふうにくちづけられて、赤くなって燃えてみたい。そんなふうに、思ったこともある。たばこの匂いのくちびるを知る、ずっと前のこと。
「でも、だめですよ。あんまり外で、吸わないでください」
「なんで」
「俺だけ、めろめろでいたいので」
ほかのひとは、知らなくていいです。とられちまったら、困る。
こともなげに言うから、土方は黙って、ふうっと煙を吐いた。白い濁りが照れくさい恋のかたちにかたまって知られてしまわないかと、ちょっとだけ心配になる。だけど煙はふわふわ漂い、すぐに溶けた。あんまりかわいいこと言うなよ。俺もめろめろだ。好きだよ。たとえばそういう、照れくさくって困る、とても口では言えないような気恥ずかしいかたちになったなら、どうしようか。
「だめですか。だめですよね」
まだ、からだの奥がじわりとぬくい。肩がぴったりくっつくくらい近くによったら、煙に混ざって色っぽい匂いがした。石鹸とコロンとたばこ、副長の匂い。
煙みたいな、やさしい声で話すことも、伏せた目で小刻みにまばたきすることも、うすいくちびるがやわらかく煙を吐くことも、吸い口を噛むくせも、ほかのだれも、だれも知らなくていい。やわらかくてあったかくてからくて苦いくちびるも、ずっと俺だけのものならいいのに。
「いやだな。ひとりじめ、したいな」
山崎は寝ぼけたふうにぽつりと言い、それからすぐ、すうすうとゆるやかな寝息をたてはじめた。
やめるつもりも減らすつもりも、これっぽっちもない。こんなふうに妬いてもらえるなら、願ったり叶ったりだ。
土方はちょっと意地悪く笑って、たばこを消した。行燈の火もおとし、かわいいひとを、たっぷりひとりじめするために布団にもぐる。
すこし湿ったくせっ毛はたばこの匂いをさせている。おなじ匂いになって、温度になって、ときどきはひとつになって、もう手放せやしない。それでも山崎は、そんなことちっとも知らないで、とられたくないなんて言う。ばかだな。
「こんなに、惚れてんのに」
おわり
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