うっかりしてた。気づいた時には惚れていた。


うわさのあのこ

「副長、例の件ですが、本日より調査に行って参ります」
「おう」
矢鱈縞の粋なきものも、こざっぱりまとめた髪も、どう見たって山崎なのに妙に似合っていけねぇな。
すうっと抜いた襟がこれまた色っぽくていけねぇや。女装なんかすっから俺がおかしくなっちまうんじゃねーのか?
「おい、かんざし、曲がってるぜ」
待て待てそんなふうに小首かしげて髪いじんなって、可愛いと思っちまったじゃねーかよ。
「直してやるよ」
髪にさすふりをして、襟もとを盗み見た。紺色からのぞく首すじ、ひと筋こぼれたおくれ毛。
「ほらよ」
ありがとうございます、そう言うと、きゅっとわらって行ってしまった。あいつは部下だ。俺の部下だ。言い聞かせるように何度か思う。仕事に送り出すだけだ。くそ、はああ、くっそ。
「あ、そうそう副長、ご報告があります」
「ああ?なんだよ」
おおーびっくりしたじゃねぇかよ。急に出てくんじぇねぇよ、バカヤロー。
山崎は声をひそめて顔を近くした。おしろいのにおい、髪油のにおい、女というより色気のにおい。
「これね、極秘の恋文です、副長に」
「はあ?いらねーよ。燃やしとけそんなもん」
「いいんですか?うわさのお退ちゃんですよ」
おさがちゃん、馬鹿みてぇにネーミングセンスのねぇ名前。しかも、うわさの、ってなんだよ。監察がうわさになっていいと思ってんのかコノヤロー。
「けっ、仕方ねぇから、まあ、もらってやるよ」
半紙を開いてみると、なんてことない、ただの報告書だった。山崎はとっくにいない。
なんだよがっかりさせんじゃねーよ!
帰ったらただじゃおかねぇ、覚えてやがれ!
だからまあ、あれだ。気ぃつけて、できるだけさっさと片付けて帰ってこい。
あーくそ、腹立つな。けど好きなんだよな。
うわさのお退ちゃん、が。
はああ、どうすっかな。


よこしまなことなら照れたりしない。手練手管じゃ負けねえよ。
べっぴんさんを落とす術なら心得てるさ。まあ山崎なんぞ、べっぴんとは程遠いけどな。

「なあ、俺とうわさになってみねぇか?」
山崎の帰る頃を見計らって庭へ出ていた。屯所の裏の勝手口。
待てど暮らせど帰ってこない山崎は、もう四半時も経ったって頃、ようやく出てった女装のまんまで、ひょっこり姿をあらわした。
「……何言ってんですか?」
間の抜けた目で、ぽかん、としていた山崎が言った。
おいおいちょっと待てコラァ!おまえが言ったんじゃねーかよ!
「あ、もしかして副長、俺のこと待っててくれたんですか?」
「ああ?んなわけねーだろ、なんで俺がおまえなんか待たなきゃなんねーんだよ、うわっ熱っ」
煙草に火をつけたら逆さまだった。フィルターがぼうっと燃えた。
くっそ、焦ってるわけじゃねーからな。
「あーあ、大丈夫ですか?そうだ。茶菓子買ってきたんで、お茶いれますね」
「そんな格好で寄り道すんじゃねーよ」
最近妙にぴかぴかしやがって、心配になってくるじゃねぇか。まっすぐ帰ってこいよ。
「副長が言ったんでしょ。目くらましに寄り道してこい、って」
「…そうだっけな」
「なんか変ですよ?」
「なあ、どうもおまえのこと、好きになっちまったみてーだ。変だよなあ」
よこしまなことなら照れたりしない、流した浮名も数知れず、のはずだったのに、口から出たのはやけっぱち。
「そんなの、俺なんてずーっと前からですよ」
うつむいた山崎は、耳のはしを赤くした。恥じらう乙女の色だった。
ああくそ、いちころだぜ。


おわり
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