まぶしい夏に


花結ぶ

朝顔のつるがのびて、真夏の日差しの中にみどりの葉を揺らした。
水をやり、うまく育つよう添え木をする。夏が終わる頃には、きっとしおれてしまうけれど、それまでは。
きれいな花を咲かせてほしい。必ずここへ帰ってこようと、誰もがそう思うように。

山崎は毎朝、屯所の庭へ出て菜園と花に水をやり、時期の終わる頃を見計らって育てた花を少しばかり手折った。 もともとそこにあったおしろい花やびわの木のそばに、ちいさな菜園を作り、いくつか花を植え、非番だと日がな一日庭に出ていた。
育てている野菜は時折食卓に並ぶ。トマトやらえんどう豆やらとうもろこしやら。世話をしているのはもっぱら山崎で、時々遊び半分の沖田が手伝った。今のところ邪魔しかしていない。沖田の手伝いのほとんどは味見だ。
虫食いになった葉をひとつひとつながめては、満足そうに嬉々として、たっぷり水を注ぐ。虫食いは元気な証拠だと昔、農家のひとが教えてくれた。江戸に出てくる前の話だ。
すこやかに育ってほしい。
深く潔い赤紫の花弁、白く透けるような陽のひかり。
夏の盛り、朝顔とおしろい花があざやかに色を放っていた。

欠けた器はやすりで整えれば、食事には使えなくとも花を生けるのに支障はない。炊事場で見つけては自室に持ち帰り、しまっておいた。
淡いみどりの小鉢にうすく水をはり、おしろい花をひたす。廊下の電話台に飾ろう。とても遠慮がちで、誰も気がつかないかもしれないけれど、きっときれいなはずだから。
稽古場に続く廊下にはえんどう豆の葉を飾った。あかるいみどりが生き生きとひかる。特別はなやかではないけれど、なんとなく清廉な気持ちになるような気がした。
いちばんよくここを通るあのひとに、気づいてもらえはしないだろうか。
しかし、かすかな期待を込めてはすぐに振り払った。そんなこと、期待しちゃいけない。思っちゃいけない。あのひとは望まない。
ああそうだった、昨日の報告書を書いてしまわないと、また怒られるなあ。

昼時。
結局は肥料をやり、新しい苗を植えようと土を耕すことに没頭していて、時間のはやさに気付かなかった。
「よく育ってるじゃねえか。大したもんだな」
「あ、副長。見回り、お疲れさまです。このトマトなんかもうそろそろですよね。沖田さんに見つからないようにしないと」
「あいつ食い意地はってるからな。にしてもおまえ、楽しそうだよな」
「えへへ」
それからしばらく黙りこんで、結局は何も言う言葉が見つからなかった土方は、じゃあな、と付け加えた。
だけれど、それだけじゃあまりに足りない。ありがとな、と聞こえるかどうかあいまいな声で言った。
どこかきっちりしたところのある土方は気になっていたのだ。礼のひとつでも、と機会をうかがっていた。
「え、副長、なんのことです?」
「花だよ。稽古場の廊下に。おまえだろ。それより昨日の一件どうなった」
柄じゃねえな、と思うからか、すぐに話題を変えた。
「あ!」
とっさに逃げようとした山崎の後ろ襟を土方の大きな手が掴む。
「すみません…今からやります」
消え入りそうな声で言ってみたところで効果はない。反省など受け取ってはくれない鬼の副長なのだ、仕事を忘れて遊んでいた自分が悪いと思う。けれどもこわいものはこわい。
「山崎!」
「はいいっ」
ま直の怒号にすくんで、ぎゅっと目をつむる。
「報告書と茶を持ってこい。四半刻以内にだ、わかったな。遅れたらぶっ殺す」
「はいっ」
「あとあれだ、床の間に、なんでもいい、見つくろって生けといてくれ、花」
「え、わ、わかりました」
「明日お偉いさんが来るからな。俺の趣味じゃない、わかったか。馬鹿やろうくそかったりぃ」
返事を待たず、ぽい、と山崎を放して行ってしまった。
土方のわかりにくい照れ隠しを見逃した山崎はばたばた部屋に駆け戻って、懸命に仕事を片付ける。さいわい内容は簡単なものだけれど、手を抜いたらすぐばれる。経験済みだった。
台所で湯を沸かし水屋から土方の湯呑を探す。時間がせまっている。
朝顔の伸びすぎたつるを切って、器を取りにまた部屋に戻る。朽葉色の大皿がたしかあったはず。ふちが欠けてしまったのを顔料を塗ってごまかしたものだ。あれがいい。
片方に葉が、反対につるの先がくるように、ふちにもたせて盛る。つゆくさの花がきれいだったので、寄り添うようにそれも生けた。みどりと縹色が涼やかに凛としていて、きっと殺風景な部屋によく似合うだろう。それに、その部屋の、副長にも。
「おい、いつまでやってんだ」
「わ、すすすみません!」
突然声をかけられてびくり、と背中が縮まる。
「これか?また地味だな」
気づいていてくれただけでも、心底うれしかった。一生忘れないだろうと思うほど、うれしかった。ああでも、力にはなれないだろう。せっかくだったのに。せっかく声をかけてくれたのに。
土方は、山崎がすこし気落ちしたのを見てとった。そんなつもりで言ったのではないし、ましてや幕府の客人は副長室にまで入らない。ただの口実なのだ。やっと見つけたただの口実。
「素朴でいいじゃねえか」
そのひとことに、まるで自分が褒められたみたいに思って、かあっと耳を赤くした。気づかれないようにうつむく。
「あ、ありがとうございます」
うれしい。ああでも、何を勘違いしているんだろうか。何を期待しているんだろうか。山崎は恥ずかしくなって顔が上げられない。どきどきしていた。
「茶、部屋まで持ってこいよ」
「はい、すぐ」
土方は煙草をくわえたまま、くしゃりと山崎のあたまを撫で、台所を出て行く。様子を見に来ただけらしい。
しばらくのあいだ、ただ立ち尽くしてしまう。とまどうのとうれしさが、半分ほどで、うれしい気持ちのほうが、すこしだけ勝っている。盆を持つ手がふるえる。
火照った頬がおさまるように願って、廊下に踏み出した。
夏天は青く高い。
格子窓からこぼれ射す日の光がきらきらと揺らめいた。ふわりと足元が浮くような心地だ。 蝉の声がまぶしい。
声までふるえてしまわないように、深呼吸を一度。
「失礼します」
夏よりも燦々と、胸が高鳴っている。

おわり
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