見つめる先には


真昼の秘密

五月のよく晴れた日。ひかりの気泡がきらきらと、青空に反射してまぶしい。
隊士たちはおおかた出払っていて、屯所のなかはひっそりと昼下がりの静けさに満ちていた。

陽に焼けた板敷の廊下を、山崎は急いでいた。後で部屋に来い、と土方に呼ばれていたのを、すっかり忘れてしまったからだ。
足もとに落ちる影は日増しに濃くなっている。
短い春が終わったら雨の季節。その前に、枝豆の苗をもう一段増やしておこうと思った。
「あ、こんなとこに」
離れの副長室に続く庭に面した縁側で、腕と脚を組んで眠りこける土方を見つけた。 不機嫌そうに眉をひそめて、怒ったような横顔をしている。それなのに、すうすう、と穏やかに息をたてているから、ちょっとちぐはぐで微笑ましかった。

気持ちよさそうだし、疲れていることも知っているし、寝かしておいてあげたい。
でも、用があるから俺を呼んだんだろうし、起こさないでいるときっと怒られるだろうな。どうせたぶん、起こしても怒られるんだけど。
それなら一緒にとなりに座って昼寝して、後で怒られてしまおう、かな。
ぽかぽかと陽射しにあたためられている黒いスラックス。シャツの袖をたくし上げたままで、手首のところの刀傷がすこし覗いていた。

決めかねて山崎は、眠る土方を覗き込んだ。靴下のまま庭に下りて、つま先立ちで。
土方さん、よく寝てるなあ。
硬そうに見えるのに、ほんとうはやわらかい黒髪。やっぱりちょっと伸びていて、耳がほとんど隠れている。
土方は二週間ほど前から、床屋に行きたいとよく言っているけれど、仕事がなかなか片付かないから先延ばしにしたままなのだ。
息をつめて、すこし顔を近づける。
通った鼻筋、形のいいくちびる、整ったきれいな顔。
男としてちょっと悔しい、というか、不公平だ、と山崎は思った。
こんないい男が俺のこと、好きだなんてちょっとおかしい、とも。

雲が太陽に掛かって光を遮る。ゆっくり明るさが戻る。昼を過ぎてすこし風が出てきたようだった。吹かれた土方の前髪が絡まって、額がのぞく。
山崎は、ひとさし指でそうっと直してやった。
指先が疼く、もっとさわりたいな。なだらかな頬や、すこし尖ったそのあごを。
ほんとうは、瞳がいちばん好きなのだけど、今は閉じていてくれるのがありがたい。
目が合ったなら、こんな風に見つめてはいられないだろう。あの目にはいつも、射抜かれるような思いがする。

「起きてください、副長」
ほとんどささやきと言っていいくらいだった。
もう一度ためらいがちに、前髪にふれた。五月の風はみどりの匂いがする。
土方の頬に落ちたまつ毛の影がすこし、揺れた。

「もっとさわってくれたって、いいんだぜ?」
「…え、あ、」
起きてたんですか、と言葉にできなかった。
「俺は、そんな。それより、…遅くなってすみませんでした」
「ちゅーしてくれよ」
待ちくたびれた。許してもらいたきゃ、ちゅーぐらいしてくれ。
殴られるだろうと覚悟していた山崎は、恐るおそるあたりを見回して、やがてちいさく、くちづけた。
背中で真昼の秘密を、隠すようにして。
「あの、忘れてたわけじゃないんですよ。ちょっといろいろ…」
「言い訳は部屋で聞こうか」
黒い瞳、きりり、と澄んだ涼しい目。
ああ、その目に射抜かれたら、ひとたまりもない。

おわり
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