ここにいて


昼下がり、山崎は足音をしのばせて廊下を折れ、するりと一室にすべりこんだ。部屋の隅に置いた文机と、山積みの始末書。ふてくされてみたいに沖田はくちびるをへの字にまげて、大きなまるい目で山崎をにらんだ。
「うわあ、きったない字!」
「うるせーなァ。なんでィ山崎、土方のやろーに言われて、様子見にきたのかィ」
「ええ、まあ、そんなところです」
むっとした顔をつくってみせても、ほんとうはちょっとうれしい。調子にのって大暴れしてしまったことは反省しなくもないけれど、これはあんまりひどすぎる。筆を持つ右手がくたくただ。だから、会いにきてくれただけでもうれしかったし、ちょっと力が湧いてきた。
「密偵はお断りでィ、さっさと出て行きなせェ」
「つれないなあ。ないしょで差し入れ、持ってきたのに」
竹の皮にくるんだおにぎりを、山崎はふふっと笑いながら差し出して、だけど沖田が手をのばすと、ひょいとひっこめてしまった。
「ごめん」
「いとしい恋人がこんなところに閉じこめられちゃって、俺だって心配してんですよ」
攘夷一派から狙われている呉服問屋の警護、というのが真選組のしごとだった。幕府から下ってきた、肩のこる骨折りのしごとだ。奴さんは約束どおり、商家に押し入った。まったく、悪党のくせに律儀なやつら。そこへ一番隊があらわれて、どんぱちやったら屋敷はぼろぼろ。一派をまるまるしょっぴいたが、幕府から大目玉をくらった。護るはずの屋敷がぼろぼろじゃあ仕方がない。
「お茶、持ってきますね」
「いい。見つかっちまったら、戻ってこれなくなるだろィ」
沖田は包みをほどいて、大きなひとつめのおにぎりに齧りついた。
「あっ、たまご」
「沖田さん、好きでしょう。たまご焼きのおにぎり」
「うん」
甘い味のたまご焼きが具になったおにぎり。いつかの花見のとき、お弁当をこしらえていて、ふざけて手伝っていた沖田に、たまご焼きのおにぎりを作ってほしいと頼まれた。たまご焼きもおにぎりも、どっちも好きだから一緒にしたら、もっといいかもしれない。そんなことを言うからおかしくて、ふたりで大笑いした。それからずっと、沖田の気に入りなのだ。
「よく噛んでくださいね。喉に詰まってしまいます」
沖田はひとつうなずいて、もぐもぐと口を動かした。そうしていると、横顔がほんのすこし幼く見える。山崎は沖田の、青年らしいしぐさも無邪気さも、子供っぽいところも好きだったけれど、怒るから言わないでおいた。
「これ食べたら、抜け出しやしょう。お礼に、花見に連れてってあげる」
「えっ、だめですよ。副長に叱られます」
ほっぺたを大きく膨らませて、残念そうににらむ。
「ふん。いいことより悪いことのほうが、ずっとおもしれェのに」
「でも、沖田さんはおまわりさんです。それに隊長ですから、悪いことをしちゃいけませんよ」
そんなこと、言われなくてもわかってる。ためしにちょっと言ってみただけだ。ご褒美がないとがんばれない。
「俺ァほんとのとこ、おまわりさんなんて柄じゃねェ。いっそ盗人のほうが、性にあってるくらいでさァ」
言って沖田は、山崎のくちびるを奪った。ぱちん、とウインク。山崎はかんたんに、ハートを盗まれてしまった。これで何度目かわからない。
「土方のとこになんか戻らねェで、ここにいなせェ。そうしたら俺は、もうちょっとがんばりやす」
困り顔の山崎が返事をするより先に、とどめをさす。
「さっさと終わらせて、俺といいことしやしょう」


いいこと

おわり
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