風邪と心中ごっこ


風邪をひいて寝こんでしまった。たいへん丈夫にできているのが、ちょっと自慢だったのに、もう二日も起きられず布団のなかでぐずぐずしている。
おでこの奥のあたりがじんじん痛くて、咳はおさまったが息苦しい。からだは膿んだようにじっとりと熱く、きもちがわるい。
食事もことわり、なんとか薬だけのみこんでいる。みんな、あれこれ言っては見舞いのついでに宗旨の薬を置いていくから、枕もとの盆には包みが小山をつくっていた。
いまのところ、原田にもらった飴玉が、いちばん効いているように思う。
屯所がにぎやかになる夕餉どき、山崎は暗い部屋の布団のなかで、懐かしいこころ細さを持て余しながら、ようやっと眠りについた。
目がさめたらすっかり治っていますように。それだけを、よくよく願う。眠りの間際、だれかの大きな笑い声が聞こえた。

夜半、音をさせずに、そろりと忍びこんだ沖田は、手のひらをそっと押しあてて、眠る山崎の熱を計った。よくわからないけれど、熱いような気がした。
子供を寝かせるみたいにして、湿った髪を撫でつける。ひゅうひゅうと苦しげな息がもれていて、胸がつまった。どうしてやることもできないが、いてもたってもいられずに、一刻とあけずようすを見にきている。
やさしくてあたたかいもののもろさを、沖田はよく知っていた。揺り起こしてたしかめたくなるのをぐっとこらえる。こんなふうに不安で、こわくって、それでもおとなしく布団の隣に座った夜が、おさない頃のいくつもの夜が、懐かしげに思い出された。
あけたままの雨戸から、涼しい風が流れてくる。まだしばらくは雨が続くけれども、今夜は夏の夜の匂いがした。そこへ、沖田さん、とちいさな声がかかった。
「心配して、きてくれたんですか」
かすれた声で言い、山崎は枕もとの水を湯のみにつぐと、ひとくちだけのんだ。薬が効いているのか、すこしだけ楽だった。
「すまねェ、起こしちまったかぃ。厠に起きたもんでねィ。ちょいと見にきたのさ」
「ありがとうございます。寝ても、すぐさめてしまって、なかなか」
ぐったりと横になり、消えかけの声であやまる。
「すみません、面倒かけて」
風邪のときくらい、甘えてくれたっていいのに、と沖田はちょっとじれったく思う。甘えて、わがままを言ってほしい。山崎のためならば、うさぎの姿のりんごだって剥いてあげるし、おかゆをつくって食べさせてあげる。一度もしたことはないけれど、きっとうまくやってみせるのに。
「いいから、もうすこし眠りなせェ」
布団をなおして、ぽんぽんと叩く。いつもは世話をやかれるばかりだから、こういうのはちょっとうれしい。
「ごめんね、うつしちまうから、あんまり近よらないで」
「つれねーなァ」
「だって、沖田さんが風邪ひいたら、嫌だもの。はやく戻って、休んでください。ね、そうしてください」
沖田はつまらなそうに渋々立ち上がり、出て行った。名残惜しいし寂しいし、ほんとは一緒にいてほしい。山崎はぼんやり障子をながめ、それからまた眠りにもぐった。

右手に何か絡まっている。腕を持ち上げてみると、手首には紺色の腰紐が、ゆるく結わえられていた。もう片方の端をたどればその先は、部屋のすみにくしゃりとまるくなっている毛布とどうやらつながっているらしかった。だれのしわざか、すぐにわかった。
毛布にくるまり、眠る沖田の左の手首に、腰紐の片方が巻いてある。いい気持ちで眠っているから起こすわけにもいかなくて、山崎はぼんやりと布団に戻り、つながれた手を見遣った。
なんだかちょっと、心中みたい。それなのに恋の相手は、大きな口をあけて眠っている。可笑しくなって山崎は、苦しいのにこれえきれず笑ってしまった。せめてあの世で一緒に、と手と手を取り合ったにしては、ずいぶんとのんきなものだ。
きっと、ひっぱって、すぐに呼べるように結んでくれたのだろう。だけどためしにちょん、と呼んでみても、目をさます気配はまるでなかった。すっかり眠っている。
「沖田さんらしいな」
このひとは、まっすぐでちょっとせっかちで、わりに強引だから、あの世で一緒になるなんてのんびりしたことは言っていられないんじゃないかな。この世でちょっと無理やりでも、俺たちは、しあわせにやっていくんじゃないかな。ねえ、そうしましょうね、沖田さん。ずっと一緒にいましょうね、沖田さん。 どんな夢をみているのか知れないが、大きく寝がえりを打つから、山崎はぐいぐいひっぱられてよろめいた。はやく治さなきゃな、と思う。
夜はほの白く、もうすぐ夜明け。障子ににじむ薄青が金茶の髪に映りこんでいる。しぼんではふくらむ背中、ひらいたくちびる、紺の寝間着、ひよこ色の毛布。うれしくて、こころ強くて、とても安心だった。
それからすぐに、眠ってしまった。目がさめたときには昨夜よりも楽になっていて、からだの痛みも薄れていた。ただ、握りしめていた紐の先がぽつんと畳に落ちていて、すこし寂しかった。 いま、沖田は屯所の台所で、おかゆの鍋とにらめってこをしている。


きみのためなら

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