魔法のデート 「ややや山崎氏、えっと、えっと、拙者と、その、」 「…副長?」 「デート!してくれませんかああ!」 ぱちぱち、ぱち。山崎が、何度まばたきをしてみても目の前にいるのは土方だった。 あたまに赤いバンダナを巻いて、ふた昔くらい前に流行ったようなデニムベストを着ているけれど、間違いなく土方だった。 山崎は驚きやらおそろしいやらで、返事をするのも忘れてしまった。僕とデートしてくれませんか。 あたまのなかで繰り返してみたら、騙されてるような気持になった。 俺と?デート?ほんとうに? 「だめでござるか?」 おそるおそるたずねる声。その声も顔も、くちびるの形まで、副長なのにまったく別人。ござる、って何?そうか妖刀の力なんだ、と合点がいくまで土方は辛抱強く山崎の返事を待った。 怯えたようにかたかた瞳が震えていた。こんな目を、死んだってあのひとは、しない。 「はい、その、俺でよければ。お付き合いしますよ」 土方は、グローブをはめた両手で山崎の左手を取って、ありがとう、と言った。純情な目をしていた。 たまりにたまった報告書と書類整理を今日こそ片づけなければいけないのだけれど、山崎は嬉しくなってしまって、こころよくデートの誘いを受けた。刀のせいだとわかっていても、こんなにまっすぐなお誘いを、断りきれるはずもない。 「どこ行きましょうか?」 「えっ、その…まさかほんとうに山崎氏がデートしてくれるだなんて思ってなくて、だから、考えてなくて…ごめんね?」 土方は心配そうに眉をひそめて、行きたいところはないか、と聞いた。 「えーっと、そうですねえ」 山崎は、この界隈をひととおりあたまに浮かべてみる。昼過ぎの町、茶舗で話し込む女たち、商店の活気。冬支度の往来はにぎやかと言うほどではないけれど、充分楽しい気持ちにさせた。 遊園地のメリーゴーランドとか、映画館とかポップコーンとか。山崎は、そういうものがよかった。なんとなく、自分とは別の場所にあるような、そういうところがよかった。 今を逃したら、一生、行けそうもないところ。 土方はといえば、ヤクザな映画にひとりでふらりと出掛けては、男泣きに泣いた帰り、一杯ひっかけて帰ってくるのが休暇の定番だった。山崎の非番はミントンと家庭菜園とミントン。仕事を言い遣わない幸運があれば、の話だけれど。ふたりとも、ロマンチックは捨ててしまった。 「デートっぽいところがいいです」 土方は、うーん、とうなって考えたあげく、公園に行こうと言った。かぶき町通りの舗で団子を買って、自販機であったかいほうのボタンを押した。お茶とミルクティーがひとつずつ。 「どっちがいいでござるか?」 「じゃあお茶をいただきます」 土方は拍子抜けしたみたいな顔で残ったミルクティーを見つめた。あきらめたように缶を開けて、一口だけすする。 「拙者でよければ、その、話くらい聞くでござるよ、どうかな」 「なんのことです?」 「元気がないみたいだったから。心配、だった。山崎氏はなんにも言わなさすぎる。飲み込んだままだと窒息してしまうよ、いつか」 土方の話には脈絡がない。だけど、何を指して言っているのか、山崎にはよくわかった。昨日の失敗のこと。 「大丈夫ですよ、俺は。だって上司ときたら鬼みたいなこわいひとだし、報告書だってたまってるし、次の仕事もあるし」 こんなこと、死んだってあのひとは、言わない。 言わないけれど、いつだってこわい顔していてもこのひとは、気にかけていてくれる。知っているからこそ、しっかりしていたいのに。はがゆい思いが胸を締めつけた。 すぐ近くで冬風が、いちょうを吹き枯らしている。 「ごめんね、力になれなくて」 きゅうっと胸が痛くなる。ありのままの、けれどいつもは言葉にしないやさしさが、はらり、と冷えた風にとけた。 同じ声、同じくちびるで、音になる。刀のせいとわかっていても、それを聞くのはちょっと、うれしい。 昼下がり、砂場で子供たちが二、三人遊んでいるほかは、ふたりきり。黄色のすべり台とペンキのはげたブランコ、ちいさな公園。デートというにはずいぶん幼い、それがまた、なんだか余計にくすぐったい。 「あ、これ、おいしいですね」 「よかった」 ちょっと鋭さがたりないけれど、澄んだ目はいつもと同じ。瞳の奥の純情を、見られるくらいまっすぐに、その眼を見れはしないだけ。いつも。 副長がもとに戻ったら確かめてみよう。山崎は思った。 「山崎氏がわらっていると、拙者は嬉しいでござる」 近く寄せた頬、引かれ合ってくちびるを重ねた。 次の瞬間、 「あっれ、俺…何してんだ?うわ、なんだこれ寒っ」 「副長は俺とデート、してるんですよ」 土方はもとに戻ったけれど、ふたりが魔法にかけられたあとだった。きっとそれは、妖刀の呪いより、強くてやっかいなもの。 身なりから、へたれたあいつに乗っ取られていたのだと知る。心底うんざりしても刀を手放すことはかなわず、かれこれ付き合いも長くなってきた。 「…は?…そうか」 「そうですよ」 「帰るぞ」 わかっていても、やっぱり名残惜しくって、山崎は黙ったままだ。 「帰って着替えたら、飯でも行くか」 こんな格好じゃ歩けやしねぇ、とぶつくさ文句を言ってから、ついでみたいに、 「続き、すんだろ」 と言った。もう歩きだしてしまったから、顔は見えない。それでもきっと、純情な目をしている。 ロマンチックは捨てたんじゃない。こころの奥に、こっそり隠しているだけだ。 「はいよ!」 恋の魔法は、きっと、とけない。 おわり もどる |