屯所のなかは暗く、しいんと静かだった。隊士たちは連れだってのみに出掛けている。今時分は、なじみの座敷を借りきって、祝杯をあげている頃だろう。
ひさしぶりの大きな手柄だった。討ち入りは壮絶なものだったが、隊士は行きとおなじだけの足音を連れて、屯所に引き上げた。真選組副長として、これほどうれしいことはない。
お勝手に戻ると、こうばしい匂いの煙が飴色の電球の下で、ふわりふわりとただよっていた。
土方は下駄をつっかけて台所に下り、ひょいと手もとをのぞきこむ。ちりめんじゃことかつおぶしと青しその混ぜごはんを、山崎は器用にまるめている。なだらかな三角が、皿にいっぱい並んでつやつやしていた。
「へえ、ごちそうだな」
年季のはいった片手鍋には、ごぼうと人参とねぎのみそ汁。ほうろうのやかんの横では、こあじのみりん干しとめざしが、貝殻の絵柄の皿にのって運ばれるのを待っていた。
「骨がちゃんと、ひっつくように」
「折ったわけじゃねぇよ」
おかしそうに、照れくさそうに、土方はくすくす笑った。熱い番茶をのんだみたいに、からだのなかがあたたかくなった。
「今、運びますから」
「いい、ここで食おう」
台所の、ちいさなまるい椅子に腰かけた。卓の高さとちぐはぐで、だけどみょうに居心地がいい。
綿花のような、ましろい湯気のたつ椀や皿を並べながら、山崎の下駄がからころ音をたてている。古布を縒って挿げ替えたらしいさみどりの鼻緒。三和土のくすんだ灰色に、やわらかで、こころ楽しい足音が響く。
「右手、利かねぇんだ」
さじを受け取らないで、そっぽを向いた。今晩、きっとはじめて笑ったのだろう。ぼやけた眼をすこし細めて、くちびるからやわらかい音を漏らした。笑うと急に、かわいい。
利かない、なんて、うそだった。ちょっとばかしの傷だった。だけど、世話をやかれてみたかった。甘やかされてみたかった。
山崎は隣に腰かけると、みそ汁を慎重にさじですくって土方の口に運んだ。ふかふか湯気をこぼしながら、頬が大きく動いている。そのたびに、山崎はいちいち胸をつまらせた。うれしい。
照れくさがりの土方は、まったく当然だというふうに、ただ黙々と食べている。おむすびをほおばって、しょうゆとマヨネーズをつけためざしを、ぱりぱり音をたてて噛む。
おわり
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