シュガーベイビーラヴ
遅くに帰った山崎を部屋に呼んで、その日のうちに報告させるのは少々しのびなかったけれど、仕事と私情の両方で、そのまま引き取らせるわけにはいかなかった。
疲れたろう、とやさしげな顔を作って、あたたかい酒を出してやると、山崎は怪しむように首をひねっていたが呑むうちによく話すようになった。ぽかぽかしているようすで、潜伏先のできごとを語った。
仕事と私情の両方で、土方はいつもより丁寧に聞いた。
「ひじかたさんやさしいですねぇ、どうしたんですか」
ほっぺたを赤くして、土方さん、なんて言う。いつもは副長、と呼ぶけれどこうして時々気をゆるめた時に土方さん、とこぼしてしまう。こころのなかで呼んでいるからだなんて、土方には想像もつかなかったけれど、そういうふうに呼ばれるのが、嬉しくないわけがない。
「俺がやさしいのがそんなにめずらしいか」
「はい、なんか余計こわいです。あとで怒ったり、しないでくださいよ」
つまみの干菓子を食べながらくったくない笑顔でそう言った山崎は、特別に嬉しそうで、よく呑んだ。
「うるせぇ俺もたまには部下をねぎらったりもすんだよ」
甘いものを食べない土方がわざわざ干菓子などを買い置いたりするのは、山崎がこれを好きだから以外に何の理由もない。ひとつ食べてはみたけれど、甘いだけで、これじゃあ砂糖を舐めてるのと変わらない、と思った。薄桃色と鶯色、それから白が四角いちいさな箱に行儀よく並んでいて、三分の一ほど空けた頃、山崎がこくりこくり、舟をこぎはじめた。
密偵は今日で一区切り、明日は非番だ。
二週間ほど姿を見ないうちに、なぜか胸のうちの欲望がむやみに育ってしまったのだ。じれったいのもそろそろ終わりにしたかった。
酔っ払わせて今夜こそ手を出しちまおう、土方は内心たくらんでいたが、疲れた体にあまりに気の毒だと思いなおし、くったりした山崎のしぐさもあいまって、おとなしく寝かせてやることにした。
もちろん部屋には帰さない。手早く布団を敷いて、今夜はここで休め、と言った。
「土方さん、やらしいこと、するつもりでしょ」
「しねーよ、ひとがせっかく親切にしてやってんのにおまえな」
「じゃあ一緒に寝てください」
土方ははじめからそのつもりだったが意味もなく、今日だけだぞ、と言った。
布団に入るとすぐ寝息が聞こえてきて、山崎のちいさなあたまは、まるであつらえたように土方の首と鎖骨のあいだに収まった。
やさしい夜の静かさに、身をよじるほどくすぐったい気持ちになる。
甘やかな匂い、肌と澄んだ季節のかおり。
目をつむったら眠ってしまいそうだった。
山崎の肌は女のようにやわらかではなかったけれど、不思議な心地よさがあった。掌が特にあったかく、とろん、とした熱が可愛くて頬ずりしたくなるほどだった。
ちっせぇなあ。
向かい合った胸のあいだの掌を、そっと包んで土方は思った。
山崎が隊に入って間もない頃、ひとつ騒ぎがあった。辻斬りが何晩か立て続けに起こったのだ。
土方はすぐさま隊士たちを集め、見回り隊を編成した。幼い総悟に残るよう、近藤が何度も言い聞かせたけれど、とうとう根負けして連れていくことになった。現にその頃から沖田の剣の腕は、身体の大きな隊士に引けを取らなかったし、結局近藤は、何事も実践だと言って聞かない沖田に言いくるめられたのだった。
暮れも近い真冬のことだった。山崎と他に数人の隊士たちが残り、日も落ち切った時間に屋敷を出た。
必要とされていない、残された山崎はそう思ったのだろう。ある晩土方が小隊を率いて屋敷に戻ると門の前に山崎が立っていた。火の弱くなった提灯をちいさな両手で握り締めるように持って、寒さに凍えた声で、ごくろうさまです、と言った。その声に、なんとも心強い思いがしたことをよく覚えている。
居間に入ると湯が沸いていて、全員に熱い番茶が出された。山崎がひとりで用意したのだ。近藤は大感激で山崎のあたまを力任せに撫でまわし、土方が、おまえもご苦労だった、と言うと山崎はうるんだ目をして何度も、いいえ、と言ったのだった。
ちいさ過ぎると思った山崎の体は仕事にも土方にもおあつらえ向きで、こうして眠るようになるまで、長くかかったけれど、その分愛おしさが増した。できもしないのに土方は、大事にしてやりたいと思うのだった。
山崎は失敗も多かったが役に立ちたいという気が強いのかよく働いた。部下としても信頼している。それなのに、こんな関係にまでなってしまって、手放せなくなるじゃないか。
まだ手は出していない、それでもこいつを抱くのは、きっとそう遠い日じゃない。
いつまで俺は大人の顔をしていられるだろうか。
土方は煙草を吸いたかったけれど、どうにも抜け出せそうになく、諦めて目を閉じた。
甘い体温を抱いていたら、すぐに眠りは訪れた。
砂糖菓子のような、ほのあたたかい眠りだった。
おわり
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