なつやすみ 朝食が済み、それぞれが仕事に出払ったあと、屯所の炊事場にはこうばしいにおいが立ち込めていた。 山崎は慣れた手つきで握り飯をこしらえ、マヨネーズと赤味噌を混ぜ合わせてぬり、七輪で焼き目がつく程度にあぶっていく。料理は得意だった。と、言うより隊に入ってからというもの人手不足の時期もあったから、食事の支度などを言い遣っているうちに上手くなったのだった。 昨晩遅く、沖田の思いつきによって、お弁当を作るはめになってしまった。ぐうぜん非番の日が重なって川へ釣りに出かけることになっていた。 見回り終わったら副長も合流するから三人分、沖田はそう言った。さりげなく隊長命令だと強調して、うまいのを頼むぜィ、と付け加えた。 花見の時、局長がはりきって買ってきたお重がたしかあったはず。水屋を探ってみると、奥のほうに見つけた。 お新香と炒め物、卵焼きは甘いのとまんなかにマヨ入りなのと二種類作った。 沖田さんは何が好きなんだろうか、と少し考えて、結局あのひとはなんでも食べてくれそうだ、というところに落ち着いた。なんとなく理由はないけれど、喜んでくれそうな気がして、たこの形に包丁をいれたウインナーにしたけれど、作ったものの、ばかにされやしないだろうかと気になった。 そのままじゃあまりに芸がないので、魚肉ソーセージをななめに切ってお弁当箱のすきまに詰める。残ったはしっこは食べた。地味な味がやっぱりうまいと思う。ポテトサラダには屯所内の畑で栽培したきゅうりを入れた。山崎はとても楽しそうにてきぱきと仕事をこなす。とりあえず、なんでもマヨネーズな副長に褒めてほしいのと、あの胸やけするような食べ方を横で見たくないのと、両方の理由からお弁当の中身は決まっていった。 二段のお重いっぱいに詰めて、持ってみるとずっしり重たい。作りすぎてしまったかもしれないなあ。 風呂敷に包んで、ふう、と息をついたところにちょうど、沖田が入ってきた。 「山崎ィ、できたか?もうそろそろ行こうぜィ」 「はい、あ、それ釣り竿ですね」 「あとこれ」 「うわあ、気持ち悪い」 瓶の中にみみずが入っている。朝からはりきってつかまえたらしい。えさにするんだ、と自慢げに言った沖田は、一番隊隊長、というふうではなくふつうの少年で、たくさんのお弁当はなんとなくちょうどいいかもしれない、と山崎に思わせた。 傍らに置いてあったバドミントンのラケットを掴んで、ふたりは炊事場をあとにした。火の消し忘れもきちんと確認。屯所の外には夏休みにはもってこいのよく晴れた空が広がっている。 屯所を出てかぶき町の商店街とは逆の方向へ歩いて行くと、やがて坂道に差し掛かる。そこを下って小さな川を越えると大橋のふもとへ出る。くずれかけた古い石階段を下りたら川沿いを歩いてひとつ向こうの橋の下まで行く。遠くから見やると、隊服のままいつものように煙草をくゆらせる土方の姿があった。 「おどかしてやりやしょう」 沖田が言って、そろりそろりと気配を消し、背後についた。いつだって休暇を満喫している隊長は、手で目隠ししてだーれだ?ってやれ、と指図したが、山崎は斬られちゃいますよ、声を出さず伝えた。 そうこうしているうちにどうやら気づかれたらしい。何してやがんだ、と苛立った声がかかった。 山崎はすみませんおそくなりました、とへらへらあやまり、沖田は、山崎おまえのせいでさァとふてくされて見せた。 「腹減った。半刻近く待たせやがって」 「すみません。見回り、はやく終わったんですね。お疲れさまでした」 さっそく風呂敷包みのお重を広げたら、沖田がはしゃいだ声をあげた。 「うわあ、山崎すごいねぇ。うまそうでさァ」 「おまえがこしらえたのか?」 「はい。非番でしたので」 土方は焼きおにぎりをひとつとってほとんど一口で食べた。無言でもくもくと口を動かす。山崎がボトルに入れて持ってきた番茶をわたす。目で、悪い、と言って受け取った。 「うまい。ん、これもうまい」 マヨ入りの卵焼きも気に入ったらしい。とりあえずなんでもマヨネーズなのだ。 「よかったです」 たこのウインナーをまじまじと見つめていた沖田がひやかすように口をはさんだ。 「山崎はいい奥さんになるや。どうです土方さん、そろそろ身ィ固めるのもいいかもしれやせんぜ」 すこし休憩してから、目の前を流れる川で釣りをはじめた。 「釣れねぇな。えさが悪いんじゃねぇのか?」 「今朝屯所のまわりで苦労して取ったんでさァ、土方さんの腕が悪ぃんですよ」 「何ぃ?おめえも釣れてねぇだろうが」 「釣りは辛抱が肝心なんです。わかってないや、土方さん。あんまり騒ぐと魚が逃げちまいますぜ」 ぶすっと押し黙って土方はまた煙草に火をつける。誰も口では沖田にかなわない。 「あの、なんか重いんですけど」 山崎の糸の先がすうう、と水の中に引き込まれている。 「かかってるじゃねぇか!引けっ、上げろ、山崎」 「へ?どうやったらいいんですか、わわ」 ばしゃばしゃ水面にしぶきがあがる。魚がうねってもぐるたびに、きらきらとひかりを受けて輝いた。 「竿上げろィ山崎」 「よし、そのままだ。いいぞ」 「うっわ」 水しぶきをまきあげ、跳ねながら姿をあらわしたのは、濁った灰茶色のさかな。両手よりすこし小さいくらいの大きさだった。沖田が針をはずしながら言った。 「釣る魚まで地味でェ。しかも食えそうにないですねィ」 「おまえな、なんでも食えると思うな、馬鹿」 「俺たちも負けてられませんぜ、頑張りましょうや土方さん」 さかなを川へ放してやってまた釣り竿を掴む。 「よーし俺も今度は食べれるやつを!」 「勝負でさァ、負けたやつは荷物持ち」 そう言いながら、沖田は土方の竿をぽい、と向こう岸へ投げた。 「なにしてんだよ!」 「はやく取ってこないと負けちまいますぜ」 「このくそボケが!」 土方は仕方なしに小川を渡るべく、革靴を脱いだ。 「くっそ、ぜってー負けねえからな」 「あ、負けたやつは荷物持ちとあんみつおごるってことで」 「いいですね、隊長」 さばさば川に入りながら、いいかげんにしろよ、とわめいた。ふたりは釣り糸を垂れながら子供のようにわらっている。 足元をくすぐる水が冷たくて心地いい。容赦ない夏陽の中ではなおさらだ。早々に切り上げて、あんみつ食いに出かけるのもいいか、と土方は思う。負けるつもりはさらさらないが。 「おい山崎えさ持ってこい!」 「はいよぉっ」 照りつける陽に水面のきらめく晴れた午後。 釣り竿を握りしめ、さながら刀を振る勢いで、遠くまで投げた。あんまり力む土方に、また沖田がけらけら笑う。 結局は、すがすがしい夏川が夕陽に染まって暮れるまで、子供にかえって釣りをした。 夏休みのような一日。 ほんとうに、夏休みにはもってこいの一日だった。 おわり もどる |