今夜、少年のふりをして 澄んだ空気に浮かんだ星が、やけにきれいな夜だった。 土方がきらした煙草を買いに部屋を出た。庭を横切って母屋の襖に手をかけると、まだあかりのついた部屋で山崎が文机に向かっていた。 「付き合えよ、そこまで」 「煙草なら買ってきましょうか」 「いや、いい」 土方はいつも言葉がすこし足りない。だけど足りない部分を山崎は、土方の可愛さだと思っていた。 上着を羽織って外に出る。闇に満天の星空。白い息を夕刻より強くなった風が散らした。 「ねえ、副長、すごいですよ」 「ああ?何が」 「ほら、星が…流れてる、すごいなあ…!こんなことって」 奇跡でも見つけたみたいに山崎は言った。それなのに土方は、 「…馬鹿かおまえ、そりゃあれだ、雲が動いてんだよ、だから星が流れて見えるってだけだ」 なんて、取りつくしまもない具合に返した。山崎ははしゃいだ気分をいくらか削がれて、だけど空を見上げたままで、それでもきれいですよ、と言った。 「上ばっか見てっとこけるぞ」 「はい、でも」 盗み見た横顔、白い頬に、どきり、とした。 「じゃあずっと見てろよ」 言うが早いか土方は、ふらふらしたままの山崎の左手をぎゅっと掴んだ。もうそれは勢いに任せたようすで、すこしでもためらったりなんてしたら、それこそ命取りだとでも言わんばかりに、はっきり繋いだ。 一瞬のことに山崎は振り向いたけれど、上見てろ、と言われたのでまた星を追った。さっきよりもちかちかしている気がする。不思議なくらい、ほんとうに奇跡みたいだ。 「こんなのってロマンチックすぎます」 「不満か」 「いえ、まさか」 土方は、できるだけ格好つけていたかった。ただ手をつなぐ、それだけのことがとても困難で途方もないことに思えた。それに、うろたえてるところなんて、すこしだって見られたくない。 そんな歳でもないのだけれど、恋を知って日も浅い、少年のような心持ちになってしまうのだ。手練手管じゃ歯が立たない、掴みどころのない気持ちだった。 くるくるまわる銀色が、はじけてはぜて、遠くの空で、闇色の空で、まばゆいばかりに揺れている。 「そんなに好きか、星」 「え?ええ、はい」 土方は、いっこくらい盗んできてやれたらいい、そう思った。 これだけたくさんありゃ、ひとつやふたつ、くすねたって誰も咎めやしねぇだろう。 だけど、悪ぃな、そりゃあ俺にはできねぇよ。 ふと、立ち止まる。手をひかれていた山崎も、足を止めた。 「なあ、きらめくキスをやるから、そいつで我慢してくれ」 土方は、流れ星のようなはやさで、山崎のくちびるをかすめた。 山崎は、言葉の意味も飲み込めないまま、くらくらしてしまって、振り向くことさえできない。 だからふたり、黙ったまま知らん顔で、手をつないで歩きだした。指先に絡まった温もり。急に熱くなった指が夜のなかで、どっきんどっきん、またたくように打っている。 夜の色した道だから。星だけ明るい道だから。 今夜、少年のふりをして、くちづけを交わそう。 おわり もどる |