年代物の片思い


梅酒

指折り数えて待っていたわけじゃあない。
ああもうすぐか、と思うのが、来週、今週、しあさって、と近づくにつれて何やらそわそわしてしまう。
もう明日、というころになって、何をどうしていいのやらわからず、土方は考えをめぐらせながら、ふらりふらり、屯所のまわりを歩いていた。
山崎の誕生日。せっかくだから、なんでもいい、何かしてやりたかった。

できれば思い出になるような、ああでも形に残るもののほうが、やっぱりいいかもしれねーな。
いや待てあいつのことだから、遠慮するばっかりでかえって困らせるかもしれねぇ。
けどよ、はあ……柄じゃねーよなァ。

年明けの騒々しさもすっかり落ち着いた二月。寒々しい冬ざれの空にもすっかり見飽きてしまった毎日は、静かにまだ短い昼を終わらせてゆく。
道場の裏手にさしかかる。塀の内側から梅の枝が伸びている。目線よりも二尺ほど高い所にいくつか花がついていた。
咲きほころんだ白い梅は、花びらのところどころがうす紅色で、つややかな幹もすこやかで美しかった。
冬と春のちょうどまんなか。春を待つ、けれどすこしずつ消えてゆく冬を、惜しむ気持ちがどこかにある。

その日は結局何もしないまま、土方は夕餉を終えて風呂につかった。広間で隊士たちが談笑しているのを横目に廊下を渡る。
よろこびそうなものひとつ、まともに贈れない自分がなんとも情けなく思われた。

「あ、副長!」
後ろから追いかけて来た山崎が部屋の前で声をかけた。両手には、茶筒よりふたまわりほど大きい瓶を大事そうに抱えている。
「探してたんですよ、広間にもいなかったですし。ああ風呂ですか」
「ん、用事か」
「いえね、これ。覚えてます?梅酒」
示すように捧げ持つと瓶のなかが、たぽん、と揺れた。
「いいや」
山崎は、江戸に屯所を構えた年、近藤の親戚が偉くなったとよろこんで、送ってくれたものだと言った。
梅雨の晴れ間に宴会をしたことは記憶にあっても、郷里からの梅の実には覚えがなかった。言われれば、そんなことがあったような気もする。
あれこれと説明しながら、山崎は土方の部屋のあかりをつけた。

「飲みます?俺が漬けたんですよ、忘れてたんですけどね、今日水屋を整理してたら見つかって、懐かしくて」
「ああ、湯呑しかねぇけど」
土方は棚から盆にふせた寝酒用の湯呑をふたつ取って畳に置く。山崎はかしこまったようすで、きちんと膝を折って、けれどいつもより早口でよく話した。
「あ、俺は、なんでも…用意してくればよかったですね。外に出してあったから冷えてますけど、氷とか、いるなら」
「このままでいいだろ」
「は、はい」
山崎はかたくしまった瓶のふたをあけて、とろり、とした密色の酒をふたつに注ぐ。ほんのり甘酸っぱい香りがただよった。
杯を控えめに掲げ、ひとくち。酒はほどよく冷えていて、のどを滑りおりるとまろやかに体にしみた。
「うまいな」
「もうほとんど年代物ですからね。はやいですよね」
会話の途切れ目に土方は、つながりきらない言葉をこぼした。こういう時に限って気障になりきれない。
「あれだ山崎、明日、いやもう今日だけどよ、飯でも、…行くか」
「え、はい、いいんですか?」
「いい。つーかあたりめぇだろ、せっかく誕生日なんだからよ」
「…なんだ、副長、知ってたんですね」
「知ってちゃ悪ぃのか」
「いいえ、そんな。うれしいです」
ひらひら笑った山崎は、ぽうっと頬を染めていた。恋心もまた、ずいぶんな年代物だった。
「実は、いっぱい話してたら時間、今日になるまで一緒にいてもらえるかと思って…えへへ」
土方の頬も染まった。

火鉢の火もたよりない冬の夜。それなのに、ぽかぽかとあたたかい。春の陽のようだと思う。春を待つ梅を思う。
実をつけて、夏になり、また来年には花をつける。
そうして時間はせわしなく、時々はゆるやかに、それでも誠実にすぎていくのだろうか。だとすれば。

「誕生日、おめでとう。山崎」

この恋だって、まろやかになって、いつかやさしい愛になればいい。

おわり
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